1月17日、第7回再審公判 開かれる
1月17日、第7回再審公判 弁護側陳述
5点の衣類の色について
第1 はじめに
5点の衣類の色に関する証拠は、5点の衣類がねつ造であることを示しています。
発見された5点の衣類のみそ色は薄く、血痕には赤みが残っていました。 1年以上みそ漬けにされていたとすれば極めて不自然です。5点の衣類は1年以上みそ漬けにされていたのではありません。捜査機関が発見の少し前に巖さんを有罪にするために入れたとしか考えられません。
事件発生は昭和41年6月30日です。
1号タンクには昭和41年7月20日に4t376kg、8月3日に3t8 50kgのみそが仕込まれています。昭和41年7月20日以降、1号タンクに5点の衣類を隠すことは不可能です。
昭和41年8月20日、巖さんは逮捕されました。
翌年の昭和42年7月25日以降、1号タンクからみその取り出しが始まりました。そして、同年8月31日、5点の衣類は1号タンクから発見されました。発見された5点の衣類のみそ色は薄く、血痕には赤みが残っていました。 1年以上みそ漬けされていたとすれば、みそ色はもっと濃くなり、血痕には赤みは残っていないはずです。これはいくつものみそ漬け実験が示し、専門的知見によって裏付けられています。5点の衣類は1年もみそ漬けされていたのではありません。発見の少し前に隠されたのです。拘束されていた巖さんが隠すことは不可能です。
巖さんは5点の衣類を隠していません。5点の衣類は捜査機関が巖さんを有罪にするために隠したとしか考えられません。5点の衣類は犯行着衣ではないのです。5点の衣類が犯行着衣でない以上、巖さんを犯人とすることもできません。
巖さんは無罪です。
第2 5点の衣類の色はねつ造を示す
1 5点の衣類の色調
(1)5点の衣類を発見当時見た者の供述調書等
5点の衣類のみそ色は薄く、血痕には赤みが残っていました。実況見分を行った警察官は「赤紫色」、血痕の鑑定を行った警察の鑑定監佐藤秀一氏は「赤褐色」「濃赤紫色」等と血痕の色を表現しています。
5点の衣類を発見当時見たみそ工場の従業員の複数名は、一見して血だとわかったと証言しています。特に最初に5点の衣類を発見した従業員は、深さ1 67㎝もある1号タンクの底に近いところで見て、血のついたものが見えたと話しています。光の少ない場所でも赤いとわかったからだと考えられます。これらの者の供述から、5点の衣類の血痕に赤みが残っていたことがわかります。
- 春田竜夫作成の実況見分調書(確定一審2274丁)
- 佐藤秀一作成の鑑定書(確定一審2348丁)
- 確定一審第17回公判証人水野源三の証人尋問調書(確定一審1691丁)
- 確定一審第17回公判証人市川進の証人尋問調書(確定一審1711丁)
(2)発見当時撮影された写真等
佐藤秀一氏の鑑定書には5点の衣類のカラー写真が添付されています。この写真から、5点の衣類のみそ色が薄く、血痕には赤みが残っていることがわかります。この写真は、発見の当日か翌日には、鑑識の警察官が、プロとして、高い技術力に基づき、原物の色再現に配慮して撮影、プリントしたものです。写真は古いものではありますが、「布地の色のみそ色が白に近いかどうか」とか「血痕が赤みを帯びているか」といった色調の大まかな傾向を把握することは十分に可能です。
また、第2次再審請求審の地裁での審理段階で、新たに5点の衣類のカラー写真が開示されました。このカラー写真からは、5点の衣類のみそ色が薄く、血痕に赤みが残っていることが鮮明にわかります。
さらに、第2次再審請求審の差戻し前の即時抗告審の段階で、5点衣類のネガが開示されました。約50年も前のものとは思えないくらいネガの劣化は小さいものでした。写真の専門家が、ネガフィルムに基づき画像修正して、カラープリントを作成しています。この写真からもみそ色が薄く、血痕に赤みが残っていることがわかります。ただし、カラーチャート等が一緒に写されていないため、色の再現には限界があることは注意しなければなりません。
- 佐藤秀一作成の鑑定書(確定一審2348丁)
- 池田宏行作成の捜査報告書(再弁書12)
- 鈴木茂の検察官調書(再弁書13)
- 小林裕幸作成の鑑定書(再弁書14)
2 みそ漬け実験(みそ色は濃くなり、血痕の赤みは消失する)
第2次再審請求審以降、布に血痕を付着させてみそ漬けにする実験が何度も行われています。弁護団も行っていますし、検察官も行っています。実際の1号タンクと完全に同一条件で行うことはできませんが、想定されるあらゆる条件を設定して何度も行われています。
このあと立証する実験の数は9つです。これらの実験は一つの結論を示しています。
血液を付着させた布を1年以上みそ漬けにすれば、みそ色は濃くなり、血痕の赤みは消失します。これは実際の5点の衣類のみそ色が薄く、血痕に赤みが残っていたことと相容れません。みそ漬け実験は、5点の衣類が1年以上もみそに漬けられていたものではないことを示しています。みそ漬け実験は、5点の衣類がねつ造であることを示しているのです。
なお、検察官は、差戻し後の即時抗告審で自らみそ漬け実験をしています。この実験は、血液を付着させた布を漬けるみその量が2~2.5㎏しかなく、一部の試料は、脱酸素剤を入れ真空パックにする等の条件設定をしています。 1号タンクの環境とかけ離れた血痕の赤みの残りやすい条件設定をしており、実験としては不適切です。しかし、赤みの残りやすい条件設定をしたのにもかかわらず、1年後にはやはり血痕の赤みは消えていました。これは第2次再審請求審で検察官の即時抗告を棄却した高裁の裁判官2名も直接試料を見て確認しています。
- 味噌漬け実験報告書(再弁書1)
- 1年2ケ月味噌漬け実験報告書(再弁書2)
- 再現仕込み味噌・味噌漬け実験報告書(再弁書3)
- 色見本に関する報告書(再弁書5)
- 証人山崎俊樹の証人尋問調書(再弁書4)
- 味噌漬け血液色変化実験報告 そのⅠ(再弁書16)
- 味噌漬け血液色変化実験報告 そのⅡ-白みその影響、血液抗凝固剤の影響を検討-(再弁書17)
- 味噌漬け血液色変化実験報告 そのⅢ-麻袋の影響を検討-(再弁書18)
- 味噌漬け血液色変化実験報告 そのⅣ-異なる血液型が混合した血液の影響を検討-(再弁書19)
- 中西宏明作成の意見書(再弁書6)
- 中西宏明氏意見書資料の写真撮影報告書(再弁書7)
- 捜査報告書(再弁書44)
- 捜査報告書(再弁書45)
- colorchecker CLASSIC MINI(カラーチェッカー)(再弁書35)
- 検察官による令和3年度実験の試料観察立会い報告書(再弁書31)
- USBメモリ(写真の画像ファイル)(再弁書34)
- 検察官による令和3年度実験の試料観察立会い報告書2(再弁書32)
- 実験試料の確認(メモ)(再弁書33)
3 血痕の赤みが消失する化学的機序
第2次再審請求審最高裁差戻し決定は、みそ漬け実験、特に差戻し前の即時抗告審で行われた中西実験において、「衣類に付着させた血液の色が遅くとも3 0日後には黒くなり、5か月後以降は赤みが全く感じられない」こと等を理由として、血液の色の変化について専門的知見に基づく検討の必要性を指摘しました(決定6、7頁)。
そして、差戻し決定は、5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンクに入れられたことに合理的な疑いがあれば、巖さんの犯人性にも合理的な疑いを差し挟む可能性が生じ得ると述べています(決定8頁)。差戻し決定の宮崎裕子裁判官の補足意見は、「1年を超える期間みそ漬けされていた場合に血液の赤みが消失することが化学的機序として合理的に推測できる」ことになれば、「5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンクに入れられて1年以上みそ漬けされていた事実」に合理的な疑いが生ずることは明らかと述べています(決定19頁)。
これから述べる清水・奥田鑑定、メイラード反応の専門家の意見書等はこの化学的機序を明らかにしました。
(1)ヘモグロビンの変性・分解及び酸化等
① 化学的機序
血痕が赤い理由は、血液に含まれる赤血球内のヘモグロビンが赤いからです。清水・奥田鑑定は、ヘモグロビンが、みそ内のpH5という低いpHかつ塩分 濃度10パーセントの環境にさらされると、赤血球に溶血が生じ、ヘモグロビンの変性・分解、酸化等が進行することによって褐色化し、赤みが消失するこ とを明らかにしました。この化学的機序は複数のモデル化実験を行うことによって裏付けられています。
そして、血痕がpH5かつ塩分濃度10パーセントというヘモグロビンの化学反応を進行させる強い要因に1年以上という長期間さらされれば、赤みは残らないと結論付けました。また、物理化学、特にヘモグロビンなどのヘムタンパク質の構造や機能を専門分野とする石森教授も清水・奥田鑑定に同意しています。
② 血痕化に伴う凝固・乾燥の影響
検察官は、血液が血痕化することにより化学反応が遅くなる可能性を指摘しています。
そもそも、仮に犯人が5点の衣類を隠したとすれば、犯行直後としか考えられません。犯行後、5点の衣類をいったん別の場所で保管し、後日、警察の捜査の行われている中、わざわざ1号タンクに隠すという行動は不合理だからです。これは確定控訴審判決(21頁)や差戻し後の即時抗告審決定(46頁)も前提にしています。そうすると、血痕が完全に乾燥する状態になってから1号タンク内に残っていた赤みその中に入れられたとはいえません。検察官は前提を誤っています。
また、仮に乾燥した血痕であったとしても、みそが含む水分や発酵の過程で 生じる「たまり」が5点の衣類に浸透することにより、化学反応は進行します。 5点の衣類は、1号タンクの底の部分に隠され、約8トンのみそが仕込まれていたため、みそに含まれる水分量の多さ、みその重さによって水分が浸透しやすい環境にありました。
③ みそ内が嫌気的環境になることの影響
検察官は、みそが発酵すると酸素濃度の低い嫌気的な環境になるため、化学反応の進行が遅くなる可能性を指摘しています。しかし、新たにみそが仕込まれるまでの約20日間、血痕は凝固、乾燥することなく、十分な酸素のある環境にあったことになり、血痕中のヘモグロビンの酸化は進行します。
また、みそ原料が仕込まれたあとも、5点の衣類の布や麻袋が空気を含んでいることに加え、発酵によってみその溶存酸素の濃度が低下するのにも、数週間、条件次第ではそれ以上の期間が必要であり、その間にヘモグロビンの酸化は十分に進行することになります。
さらに、みその発酵が進んでもみその溶存酸素が完全に0になることはなく、ヘモグロビンの酸化に必要な酸素量は極めて微量ですから、酸化反応は進行します。
以上の化学的機序について、清水・奥田鑑定、石森鑑定、3名の証言等によって明らかにします。
- 証人清水惠子の証人尋問調書(再弁書36)
- 清水惠子外作成の鑑定書(再弁書22)
- 証人清水惠子作成の報告書(再弁書37)
- 証人奥田勝博の証人尋問調書(再弁書38)
- 証人奥田勝博作成の報告書(再弁書39)
- 清水惠子外作成の意見書(再弁書23)
- 清水惠子外作成の鑑定書(再弁書24)
- 清水惠子外作成の鑑定書(再弁書25)
- 奥田勝博作成の回答書(再弁書26)
- 奥田勝博作成の令和4年7月19日付け回答書についての補充説明書(再弁書27)
- 奥田勝博作成の回答書(再弁書28)
- 西嶋勝彦作成の報告書(再弁書29)
- 証人石森浩一郎作成の証人尋問調書(再弁書40)
- 石森浩一郎作成の鑑定書(再弁書30)
(2)メイラード反応
メイラード反応とは、糖とアミノ酸が非酵素的に反応し、褐色物質が生じる反応です。みそが褐色なのも、発酵の過程で多量の糖が生じ、大豆のタンパク質に含まれるアミノ酸と反応して、メイラード反応が生じるからです。血液にもアミノ酸からなるタンパク質が含まれますから、みそ中の糖と反応することでメイラード反応が生じ、褐色化します。これは血痕が褐色化し、赤みが消失する一つの要因となっています。この点はメイラード反応の専門家の意見書等によって明らかにします。
- 花田智作成の意見書(写し)(再弁書8)
- (花田智に対する)意見照会書(再弁書9)
- 花田智作成の回答書(再弁書10)
- 早瀬文孝外作成の意見書(再弁書21)
第3 再審公判の立証命題
先ほど述べたとおり、最高裁差戻し決定は、5点の衣類が昭和41年7月2 0日以前に1号タンクに入れられていたことに合理的な疑いがあれば、巖さんの犯人性にも合理的な疑いを差し挟む可能性が生じ得ると述べています(決定 8頁)。
裏返せば、検察官は、「5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンク に入れられて1年以上みそ漬けされていた事実」を、合理的な疑いを超えて証明しなければ有罪にすることはできません。5点の衣類が1年以上みそ漬けにされていたことが間違いないという証明をしなければならないのです。これは、この再審公判の最も重要なテーマです。血液を付着させた衣類を1年以上みそ漬けにした場合、血痕に赤みが残る可能性があるという程度の立証では、到底合理的な疑いを超えた証明とはいえません。
検察官は、今後の審理において、血痕に赤みが残る抽象的な可能性しか指摘できません。最高裁差戻し決定の示した立証命題に答えることはできないのです。しかし、不当にも、これまでの再審公判で決着のついた論点を蒸し返し、長々と有罪立証を展開しています。理不尽にも再審公判は長期化しています。失われた時間、高齢の巖さん、ひで子さんへの多大な負担は取り返しがつきません。
私たち弁護人は、「1年を超える期間みそ漬けされていた場合に血液の赤みが消失することが化学的機序として合理的に推測できる」ことを第2次再審請求審で立証しました。だからこそ再審開始が確定しているのです。これからこの再審公判でも立証します。5点の衣類の色に関する証拠が確定審において提出されていれば、巖さんが有罪であると判断することはできなかったのです。
5点の衣類の色に関する証拠は、5点の衣類がねつ造であることを示しています。5点の衣類によって巖さんを犯人であるということはできません。巖さんは無罪です。
以 上